今日は珍しく昼練がなく、弁当を抱えて廊下を歩いていると、前から白石が走ってきた。無意識なのか知らないがその端正な笑顔で手を振っている。腹立つ無駄に顔よくて。俺にもなんか分けろ。横にいる謙也の険しい顔を見ると、たぶん彼においては嫌々連れてこられたようだ。 「!ここにおったん」 「なんやねん、先に食堂行ってたんとちゃうんか」 「ははは〜気まぐれやん気まぐれ」 頭をかいてなにやら感情を濁したように笑う白石に怪しむ目を向けて、俺は黙った。白石は可哀想なほど正直で、まったく嘘がつけない。だからこういうあぱとぱした動き(重点的に手)をしているときは、睨みつけてしまえばもうこっちのものだ。歪みきれない彼の思考回路にご冥福をお祈りすれば終わり。あとはこちらの掌にたわごとを産み落としていただく。俺に嘘ついたって無駄だ。止めを刺そうと目力を強めたら、謙也が硬い表情で移動を促した。 「は、早よ行くで白石」 こいつもなんだかぎくしゃくしている。 「お、おう!せや、今日は屋上で食おうかと思うてるんや」 「ええんちゃう?・・・にしてもさっきから言動が激しくぎこちないでお前ら。どないしてん、なんかあった?」 沈黙というか硬直の空虚な時間がせせらぐ。なんかいいところついたっぽい。どうしようどうしようというような、なんとも居づらい空気が充満する。先に口を開いたのは謙也だった。 「な、何言うてんねん、いつも通りやんか、なあ白石?」 「そうやで、俺たち超いつも通りやで、謙也の眉間見てみい?いつも通りやん「なんやと白石てめ、」ささ、屋上に行きまっせ〜」 手汗で湿った白石の手(毒手なに緊張してんねん)が俺の腕を引っ張り、階段を駆け上がる。謙也は短いため息をついて俺たちの早さに合わせるように走った。浪速のナントカは足が速いから俺たちの速度なんて鼻で笑えちまえるんだろう。真夏の廊下は日陰で、湿った香りがほのかに涼しい。俺たちは三人並んで屋根のない五階に向かって走る。謙也も珍しく無言だった。黙々と走る。すべての階段を上りきってドアの前に立ったら、二人が無遠慮なほど明瞭な動きで俺からさっと離れた。なんやねん、俺嫌われとんのか。振り向くと暑すぎて顎から首筋に汗が伝った。二人の顔もそんな感じ。白石がドア開けや、と言ってきたので大人しくドアをひねる。 「ー!誕生日おめでとー!」 扉を開けた瞬間、ぱーん!とクラッカーが鳴り金ちゃんが飛びついてきて、俺は喉の内側にせり上がる心臓を感じ取った気がした。口から心臓出たらどうやって戻そう、とか思ってからやっとこさ思い出した。おめでとうって、ああー、そうか。 「ほらみい、のやつ、自分の誕生日ば忘れちょった」 ちぃが軽快に笑ったので俺は恥ずかしさで赤くなる。本気で忘れていた。俺にとって生まれた日なんて特別でも何でもないから。まあ、さっきから連行役の白石と謙也の様子がおかしかったから、なんかあるな・・・とは考えていたけれど。つうかなんで真夏に屋上。祝う気あんのか。コンクリートの地べたに白いホールケーキがあって、若干食いかけの模様。誰のためのケーキやねん。グレーのコンクリートの上に座ると、財前が俺に紙コップを持たせてきてペットボトルのふたを捻った。オレンジジュースがとぷとぷ音を鳴らして白い底に落ちていく。果汁100%は色がきれいだ、安っぽくない。媚びる甘さもない。七分目まで注いでもらって一口飲む。らしくもなく俺に酌してくれた可愛げのない後輩をちらちら見るのだが、なにも声をかけようとしてこない。期待してる俺がアホみたいやんけ。おいこら祝わんかい! 「先輩、」 「え?あ、うん、なんや」途端にそわそわしてしまう俺。 「また年取っちゃいましたね、こうなると今にも増して練習してもらわな」 「はあ?なにが言いたいねん」 「せやから、年取って俺の足引っ張らんでくださいってことっす」 「勝手に言ってろ、ったく、おまえは普通にめでたいって言えへんのか」 「白寿おめでとさんっす」 「誰がやねん誰が百歳一歩手前九十九やボケ!」 コップをおいて財前につかみかかると、ちぃに止められた。十五の誕生日が最悪だ。財前の穴だらけの顔(耳?)にいつか拳をぶつけたろうと思う。親からもらった体をもっと大切にせんかい。こんなとこにいていいのか不安なオサムちゃんがいそいそとケーキをカットし始めると、俺にくっついていた金ちゃんがそっちに全神経を傾けてしまった。ケーキ>俺。白石は俺の誕生日ぱーちーの要らぬ司会を始め、謙也は財前と何かを言い合っている。なにこれ、俺ひとりぼっち?オサムちゃんがケーキを紙の皿に一切れずつ乗せてゆく。俺に渡された皿にはいちごが二つ乗っていたので、ひとつは金ちゃんにあげた。途端にオサムちゃんがすっくと立ち上がった。金ちゃんは二つ同時にいちごを口の中へ放り込む。 「あー!ちょっ、あかん金ちゃんっ、ああー、もう最悪や・・・俺の愛が・・・泣きそう・・・」 「あい?・・・ああ、いちご?別にええやん、俺のもんなんやろコレ。なあー金ちゃん」 「うはいへー!ほーひい!(うまいでー!おおきに!)」 「ええわけあるか!先生の愛を粗末にしたらあかんっ先生と金ちゃんどっちが大事やねん!」 「金ちゃん」 「即答やん・・・恩師に向かってそれはないんちゃう?」 オサムちゃんがぶーぶー言うのは日常だから、謙也が慰めにかかった。食べれば食べるほどケーキはすこぶる甘かった。大会前なのだからもっと気を使ってほしい気もする。白石が味を問うてきたので、味もくそもあるかと思いながら、甘いよと答えると満足げに微笑んだ。五時間目開始の予鈴が鳴る。弁当食えなかったと思いながらフォークを舐め、皆にお礼を言ってから階段を下りた。次は音楽だから移動なのだ。急がねば、と思って駆け下りていると隣に財前がきた。しばし無言。彼のあざやかなピアスが黒い短髪からちらちら見える。つうか二年の校舎こっちじゃない。 「財前、道間違うてるで」 「・・・・・先輩、」 「ん?」 突然立ち止まった彼を振り返ったら本鈴が鳴ってしまった。デッドオブ遅刻。早く行きたいのだが、財前が動こうとしないのでどうにもできない。目ばかりがこちらを見ていて、微動だにしない後輩。口が開かれる。 「なんで、追いつけへんのやろ」 「え?」 追いつく?なにに? そう聞こうと思ったのに財前は向きを変えて走り去ってしまった。置いてかれる俺。なにがましたいんだが全くわからず、立ち止まってしまった。財前の背中はもう見えない。 羊水泳ぐ胎児 どんなにもがいてもこの一年は埋まらない ひどく悔しい。もどかしい。むこうはひどく鈍感だし、つうかばかだし、きっと後輩なんて目にもくれちゃいないんだろう。むず痒くて今すぐ咽から掻き出したいその名を、俺は胸に抱いたまま廊下を走り続けた。さん、生まれてきてくれてありがとう。 (20090302 財前なんてほとんど記憶ないのに書いちゃった。四天では監督が一番好きです) |