「恋と呼ぶには脆弱で」 時を待つ。過ぎ去ってゆくのを待つ。その行為の苦しさったらない。自ら行動を起こせてしまえれば、どんなにか楽だろう。だけどもう解ってる、解ってしまっている。そんなずるいことできやしないってことぐらい。 大阪の冬は雪が降る。誰もいない放課の教室で席に座り、窓の外を眺めると、真っ白な粉雪が校庭に舞い降りていた。教室はほの暗く、誰の気配もなく、薄ら寒い。一人になりたかった。ぼんやりとした一人きりの時間の中で、答えを出してしまいたかった。 好きだ、愛していると。そう伝えることができたなら少しは心が晴れただろうか。これでよかったんだと、踏ん切りがついただろうか。 は県外の高校へ行くことが決まっていた。全寮制の高校だから卒業式のあと、ひとりで神奈川に行くのだと困ったように笑った顔が、脳裏によみがえる。一年の頃、冗談のように進学について語り合ったことがある。このまま高等部に入れたらええよな。そしたらまた一緒にテニスできるやろ。俺まだ白石に勝ってないから、一回くらい勝ちたいんや。なんて、は本気で言っているのかどうかわからない素振りで言っていた。あいつは嘘ばっかりだ。 寒い冬にこうやってひとりで佇んでいると、無性にむなしくなる一方で、ひどく安心する。心を乱す存在がいないからなのだろうか。 「あっ、しらいし」 窓の向こうを無心で見つめていると、扉の方で俺を呼ぶ声がした。その声の心地よさに、嫌な予感がする。振り返ると、が制服をきっちりと着込み、こちらに歩み寄ってきていた。おそらく体育館で卒業式のピアノの伴奏でも練習していたんだろう。夏には日焼けして真っ黒だったのに、受験モードに入ってから徐々に白くなり、今や少し不安になるくらい色白になっている。 「こんな時間までなにしてん」 「ちょっと…、考え事」 「ふうん。つうか、暖房つけた方がええんちゃう?むっちゃ寒いでこの部屋」 「そうか…?あんま感じひんけど」 身を縮ませて俺の席のとなりに座ったは、俺の顔をのぞいてから表情を引き締めた。 「白石……どうした?」 「なにがや?」 「なにって、ひどい顔色やで。具合悪いんか」 「別に、悪ないよ」 俺が少しばかり冷たくあたると、はすっと身を退いて「そうか」と言った。放っておいた方が良いと判断されたのだろう、それからは沈黙が続いた。俺は相変わらず窓の外に視線を彷徨わせて、の存在を忘れようとした。 時計の短針が6を指して校内中にチャイムが轟き、俺ははっと我に返った。隣を見ると、は机に突っ伏して熟睡していた。先に帰ればええのに。なんでずっと待っとんねん、あほ。小さな寝息が教室に響き、俺はたまらなくなって立ち上がった。その瞬間がたん、と椅子が大きな音を鳴らす。それに反応しての肩がびくつき、のろのろと頭をもたげた。 「ん…しらいし…、考え事は済んだんか?」 あほ。おまえのことずっと考えてたんやで?簡単に言いやがって。 …なんて口から漏れそうになり、あわてて口を噤んで頷いた。するとは寝る前と同じように「そうか」と言って、立ち上がった。俺の横に立ちゆっくり伸びをして、「帰ろか」と微笑むを、俺は、 (そのままこいつが遠くに行ってしまう、)そんな気がして 強く抱き寄せた。これ以上ないくらい強く。もう離れないくらいに。 時を待つ。過ぎ去ってゆくのを待つ。その行為の苦しさったらない。自ら行動を起こせてしまえれば、どんなにか楽だろう。を引き止めて、「行くな」とひとこと言えてしまえばどんなにか。卑怯でずるい考えだが、は俺に縋られたら最後、俺をおいていくことなんてできないだろう。お人好し。そんな言葉がよく似合う。でも、そんなあいつを俺は好きになったんだ。こいつは誰にでも平らに接して、全員を愛す。そんな太陽や月の光のようにみなに平等なが、好きだ。 身をこわばらせて俺の腕の中にいるは、万が一でも俺のことを特別な存在と見なしているのだろうか。否、有り得ないことだと結論づけた。こいつにとって俺は『みんな』と同じ。それ以上でも以下でもない。だったらこの思いを伝えるなんてこと、まったくの無意味だ。誰も報われない。誰も救えない。だから、なにも言わず手を離した。 (2010.2.19 どうか俺のことはただの友達として、) |