思ひそめしか ブランチのサンドイッチを頬張る。溢れんばかりのハムとレタス。毎日読む新聞も今日は休刊だ。人気の少ない食堂でまだ眠気がぼんやりと残る休日の10時にのんびりと過ごす。俺はこの時間帯の程良い日差しと、活気づく直前の城が好きだ。まだ寝入っている生徒も多いことだろう。俺はこれから宿題に手をつける予定だ。 と目の前の席にゆっくりと腰を下ろす人影が目に入った。シリウス・ブラック。その顔は余りに辛そうだった、と同時に赤く火照っている。黒い色をした耳まである髪の毛を両手で掻き毟る。パッドフットがそんな顔してると城中の女子生徒が騒ぎ出すんだぞ、勘弁してくれよ。おまえと相部屋の俺たちはもう散々な思いたくさんしてるんだからな。 シリウスの顔を再度見る。 俺の顔を見つめていた。云うなれば食い入るような目。まるで幼子が初対面の人間を視る瞳だ。 「なんだい?」 ミルクのたっぷり入ったカップを口につけ問うと「いや・・」と言葉を濁される。一瞬だけ俺から目を逸らすと、またぎこちなく視線を向けられた。こちらが気恥ずかしくて目を背けたくなる。このままだと夜まで俺の顔から目を離しそうにない。一直線に目を見られるのは苦手なんだと言ってもシリウスはいうことを聞かないし、というか聞こえてないし。俺と目が合っても数秒経たないと、目が合っているということに気付かない。重傷である。とにかく最近の様子がおかしい。占い学の授業なんか聞いてないような感じだったしな。リーマスが心配して俺に言ってきたが、俺に言われても俺も分かんないよ。被害者である俺が聞きたい。でも本人に聞くのはなんだか気が引けてしまう。だってその熱すぎる視線に戸惑い、もどかしいような気分になってしまうのも俺だから。 「なあ、。」 突然声をかけられ、驚く。返事をする間もなくシリウスが続けた。 「最近頭が痛いんだ。心臓もなんか、やばい・・顔が火照って汗だくになる。考えることも全部、お前のことなんだ。夢にもほとんど毎日・・これって変だよな、やばいよな、風邪だといいんだけどさ・・・」 とぎれとぎれ。下ばかり見て言う姿はあまりにらしくなくて。恥ずかしい内容だということに自分は気付いてないらしい。お前ラブソング歌ってるぜ。なんて言えないから「はやく治るといいな」としか言えなかった。 食堂から部屋に帰ってきた瞬間、全身の力が抜けた。鍵をかける。ドアに縋るように額を押しつけた。 そうだ、俺は知っていた。 あいつがいつも俺に視線を送っていたことも今年のバレンタインデーにはすべてのチョコを受け取らなかったこともわざとらしく体に触ってくることも俺の嫌いなブロッコリーは全部食べてくれるような小さな思いやりも、もしくは好意も。全部、ぜーんぶ知っていた。 あのシリウス・ブラックが?一人の男を好きになる?女は掃いて捨てるほどいるあの男が?由緒ある素晴らしい血を流しているあの体で?そんな莫迦な話が、 あったんだ。 怖いって言葉知ってるか。最近お前にそれを抱くよ。お前と同じ部屋に寝ていることがとても怖ろしい。でもお前を嫌いになれないのも俺なんだ。じゃあ俺は、どうしたらいい。嫌いになれちゃえばどんなに楽だろう。 「は、あ・・・はあ、うぐぅ、っふ」 吐き気。ハムやパンやグリーンのレタスや甘いミルクが口から現れてしまいそう。口を押さえてそこまで来ていた消化し切れていない物質を飲み込むと、苦かった。「うえ」自然と顔が歪む。ドアの前に座り込んだ。シリウス。頭の中で呼んでみたら涙が出てきた。 好きになれちゃえば、それはもうどんなにどんなに楽だろう。 コンコン。ドアをノックするやけに軽い音がした。出る気力なんかないからそのままにしておく、居留守。ごめんなさい誰か。俺は悪くないよ。あいつが、シリウスが悪いんです。 「・・・いるんだろ。」 奇麗な声がした。ああ、どうしてその声は俺の心を、鼓膜を掴んで離してくれないのだろう。くそ、このタイミングでお前に来られてしまっては。俺は耳を両手で強く塞いだ。蛇口が粉々に壊されたかのように涙が止まらなかった。 カリカリと爪でドアを引っ掻く音が向こう側でする。 「・・・そのままただ聞いていてくれればいいから、だから、そこにいてくれ。さっき・・・プロングスに俺の症状っていうかその、まあ話してみたんだ。俺大丈夫なのかなって。そしたらな、その・・・」 伝えたい言葉は山ほどあるのになかなか出てきてくれない。そんな感じで声が途切れた。シリウスがドアの向こうで深呼吸するのが聞こえた。 「それは・・・恋、だって言われた。お前はアレシャンに恋愛感情を抱いているんだと言われた。気づいてないのはお前本人くらいだったって笑われたよ。・・・俺さ、恋するってなんかもっと心地いいっていうか、わくわくするもんだとばかり思ってたから、こんな辛くて苦しくて訳分からなくなるなんて知らなかったから、」 嗚咽がシリウスに聞こえませんようにと祈るばかりで。 「、お前は、気づいてたか、俺が、お前を好きだって。いや、返事しなくていい、そのまま聞いててくれ。それで・・・そうだなあと思った。俺、死ぬほどお前が、、お前が」 鍵を開け、そのままドアを押し開けた。シリウスが驚愕した表情でこちらを見ている。その目はいつもの熱を帯びたものではなく、いつか俺がマグルだと自白したときの目に似ている。立ち上がって真っ直ぐ目を見た。膝はがくがくしているのにどうしてかそこから退く気にはなれなかった。黒い目が困惑している。逃げない。涙が乾いて頬は心地が悪かった。 「シリウス、俺知ってたよ。知ってたさ、それなのに知らないふりをし続けたんだ。でもな、シリウス、俺・・・知らぬふり以外になにもできなかったんだよ。知っていたところで、なにかできる?」 言い訳だと思った。言い訳をしている。やはり俺は逃げ道を作ることしかできやしないんだ。ドアの向こう側のシリウスと、こちら側の俺。心が曖昧な線を辿り、交錯してゆく。涙が溢れた。手の甲で拭うとそこがじんわりと湿る。嗚咽。 「お前を好きになれたらっ、どんなに楽だろう、って、そんなことばかり考え」 「じゃあ、楽になればいいだろ。」 言われている意味が分からなく、涙もぴたりと止んだ。あ、蛇口が治った。 「・・・え、シリウス、なに言」 「俺が楽にしてやるから安心しろって言ってるんだよ。今に見てろ。俺のこと、すぐ好きになるから。」 部屋にずいと入ってきて、肩を掴まれた。身長なんかあまり変わらないはずなのにとても大きく見える。くちびるは、喩えるならば柔らかい蜂蜜のようだ。吸い付くと仄かに甘い。 ドアのサッシを越えてやってきた騎士(ナイト)はうつくしき恋の花を携えて、俺の恋心を攫ってゆく。 (20080505 いつかの愛、腐り逝くまで) |