魔法の正体 冬休みが始まる前に、生徒たちは我が家に戻っていく。クリスマスと年末年始は両親と過ごすのがホグワーツのしきたりだ。はハグリットの代わりに生徒たちを列車まで引率することになった。ハリーたちは冬休みを城で過ごすと聞いた。たくさんの生徒たちに囲まれながらホームにたどり着く。もう電車は到着していて、ぞくぞくと子どもたちが乗り込んでゆく。荷物を運ぶ車掌を手伝っていると、コートを引っ張られる感覚がして振り向いた。鼻を真っ赤にした少年がそばに立っていて(犯人はどうやら彼らしい)、は彼に向かって名を呼んだ。 「・・・・ドラコ」 目を泳がせる少年、ドラコと視線の高さを同じにするべく、はしゃがみ込む。真っ赤な顔。彼は恥ずかしがっているわけだ。好意を抱く人物を目の前にして。そう思うと、も感染したように顔をほのかに染めて、その頬をかいた。調子が狂う。何も言い出さない少年に問いかける。 「どうしたんだい?」 「・・・プレゼント、この前渡しそびれて、だから」 この前。ドラコが唐突にキスをして、唖然とするを置いて泣いて走り去っていったときだ。思い出すだけでもドラコはつらそうだった。 差し出された黒いベルベットの小さな巾着袋。受け取ると、やけに重たい。硬い物質が入っているようだ。ドラコの体温で少しだけ暖かくなりかけている。ゆっくり紐解き中身を取り出すと、初めて見る形のものが出てきた。 表面はガラス、裏面は金でできている、丸みを帯びた長方形のそれには、数字の形をした黒い石と、透明な液体が八分目まで入っている。ゆらゆらと泳ぐ数字は1から12まであった。長方形の中心に固定された長針と短針はただただ進んでいる。小さく揺らすと中の液体がたぷん、と跳ねた。これは、そうか。 「懐中時計かい?」 でも、これじゃ時間がわからない。数字が自由奔放に浮遊していて、針が時間を正確に示せていない。定位置につかない数字に困惑していると、ドラコの白い手が伸びてきた。その指が、時計の上部にある小さな出っ張りを押し込むと、一瞬でいつも見ている時計のように石たちが並んだ。は少し驚いたようだ。 「なるほど、時間を知りたいときは、こうすればいいわけか・・・すごく奇妙な仕組みの時計だな・・・高そうだ」 は呑気に感心している。その向かいでドラコは深呼吸をした。ゆっくり話せばいい、ゆっくり。彼ならしっかり受け止めてくれるはずだ。 「先生、あの・・受け取ってくれますか」 「もちろん。どうしてそんなことを言うんだい」 「・・・僕は、あなたが折角くれたプレゼントを受け取りませんでした・・せっかく、あなたがくれたのに・・・あの懐中時計に宿るあなたの大きすぎる過去に尻込みしてただけでした・・・」 それを背負うのが怖かっただけだった。あなたに近づきたいと思う反面、それが恐ろしくもあったのだ。あの懐中時計に積もった彼の一部が。自分よりも長く生きた彼の軌跡に触れて、自分と彼の差異を現実に感じてしまうのが怖かったのだ。 はその少年の辛そうな白い顔を見て、目を背けたくなった。もういい、もういいんだよ、だから、 「気にしないでくれ。もともと君が気に入ってくれたらで良かったんだ。これは・・・もらってもいいんだよね」 「もっもちろん!あなたがよければ!(・・・しあわせすぎる!)」 「うん、すごくきれいな時計だ、喜んで使わせてもらおう」 が微笑むと、ドラコはふと息をついてはにかみ、俯いてつぶやいた。 「・・・よかった」 その瞬間、頬に何かが当たった。ドラコは目を見開いてに視線を向ける。何をされたのかがわかった直後、体が熱くなった。・・・キスをされたんだ、頬に・・・彼の唇で。吹き出す熱に浮かれていると、次は抱きしめられた。驚愕、ドラコの体が硬直する。 「・・・暖かいかい?」 静かな優しい声で問われる。なんて答えたらいいのかわからなかったが、なんとか頷いた。あたたかい。彼の肩口に顔を埋める。彼のにおいがする。今なら許されそうだったから、腕を彼の背後に回して強く抱きしめ返した。心臓は痛いほど鼓動しているのに、なんだかすごく落ち着いた気分になった。 列車の汽笛が鳴って、発車を知らせていた。今一番聞きたくない音だ。離れたくない、このままずっと抱きしめていたい。 その想いを裏切るように、はドラコの体を引き離す。の顔をのぞくと、火照った顔をしていて胸が弾けるようにどくんとした。こちらを見つめている瞳が熱っぽくて、我慢できずにの唇を奪った。頬を両手で挟んで深く吸い付く。後頭部へ左手を滑り込ませて、さらに深く。 「んっ・・ふ、」 の鼻を抜ける甘い声がして、すぐ唇を離した。彼は眉を寄せていたが、これ以上続けたら止められそうにないし、列車も出て行ってしまう。の視線に絡められながらも(もっと彼の唇を味わっていたかったが)、逃げるように列車に乗り込んだ。数週間の別れがつらい。彼の本意を知りたかったのと、苦しいくらい恋しいのとで胸がいっぱいになった。・・・また奪うようにキスしてしまった、いつも僕はそうだ。なんで僕は我慢できないんだ。 ドアが閉まる。ポケットに手を入れると、輝くほど新しい腕時計が底に沈んでいた。わけがわからず驚いてドアの外の彼に目をやると、にこりと微笑んでいる。彼がやったわけか。父の形見は確かに重すぎる。ならばせめて新しい時計をプレゼントしようじゃないか。そうやって彼はいつの間にかこのポケットに忍ばせたのだ・・・ということにしておこう、そうだと僕が嬉しいから。ドラコは勝手に納得して、今更ながら先程のキスの恥ずかしさに浸りつつ、ガラス越しにを見た。メリークリスマス。彼の柔らかな唇がそう動いている気がした。 十三歳の自分と二十歳の彼とじゃ何もかもが違うということは重々承知していた。見てきたものも生きてきた時代も違う。だからつらかった、それを自ら認めてしまうのが。今のキスだって彼の肯定の意があったからとは限らない。僕を好いてくれたからキスを許した、なんて単純すぎるし、都合が良すぎる気もする(まあ、彼が好きでもない奴とキスをするような、不埒な人間に見えるわけではないけれど)。良くも悪くも答えがほしかった。今のキスで僕が調子に乗る前に。の美しい笑顔を思い出す度に、にがいほどの恋しさに駆られるのはもううんざりだ。そうは言っても、この胸を通り過ぎていく、ペパーミントのような清々しい風は誤魔化せないなと、ドラコは密やかに笑った。 座席に着いてからその小さな腕時計を腕につけると、一定のリズムを刻む黄金の針が見えた。列車はすでに出発していて、雪原が広がる景色が窓に映る。時計にキスを落とすと、唇の先が冷たくなった。 唇が触れ合っている間、その長い間に彼を突っぱねることもできたはずだったのに、できなかった。なぜだろう。彼とのキスが嫌ではなかったから?たぶんそう。でも、嫌じゃない≒好きではない。なぜかあのとき彼の全てを受け止めている自分を否定できなかった。 は誰もいないホグワーツへの道を歩いていた。ドラコからのプレゼントは心底嬉しかったし、受け取ってもらえなかった時計の代わりになればと、真新しい腕時計を選んでいる時は、なんだかとても幸福に満たされていた。まるで魔法にかかったように。上質な革のベルトも、黄金の輝きも、すべてがの想いの結晶なのかもしれない。だが、ふたりは生徒と教授という関係だ。生徒の模範であるはずの自分が、こんな感情と関係を認めてはいけない。はそう思っていた。 第一章 完 20081231 |