頭の先からキスの雨 昨夜、雪が降った。クリスマスはもうすぐそこで、食堂にはツリーが凛々しく立っていた。きれいだ。ついつい幼い時を思い出してしまう。母が作る甘いチョコレートのロールケーキが好きだった。ホグワーツを包む真っ白な綿が日の光を浴びて輝いていた。は毛布にくるまり、冬に入った城を窓から眺めていた。昨夜、父の夢を見たからか、叙情的になっている自分がいる。は曇った窓を擦った。 今、俺が生きていると云うことは、それは罪なのかもしれないし、結果的な罰なのかもしれないと思った。時々感じる、溢れる命のようなものに罪悪感という膿みが垂れ流れた。父の生命の上に成り立つこの生命。ずっと自分が嫌いだった。父の期待に応えられない。泣き虫でいつも母にべったりの弱っちい=。嫌いだとても嫌いだ、殺したくてたまらないちっぽけででかすぎる、家の御曹司という存在が。・・・しかし。は十五歳の時にリーマスに出会って、自分を生かすことの大変さを思い知らされた。人狼の彼が苦しみながら生きているのに、なぜ俺は苦しむ前に死にたいと思ったのか。なんでだったっけ。ああ、くだらなすぎて覚えていられなかったようだ。死より生の方がより苦痛を伴い、生より死の方が容易だ。リーマス・J・ルーピンを見つめていると、自然とその変えられぬ真実が跳ね返ってくるのだ。真実は残忍な刃を持っていたのだった。 は町へ出て、クリスマスのプレゼントを買いに行くことにした。無意識になるといつもこういうような精神面の思想へと向かってしまう。思考を振り払うように頭を振ってから、くたくたになってしまったブーツを履いて、部屋を出た。外は寒かった。 外は寒かった。たっぷり着込んだハーマイオニーは、ロンとホグズミートへ来た。ハリーは来ることができなかったから、二人で彼のプレゼントを選ぶ。本当は三人で訪れたかった叫びの屋敷にはこの後二人で行くつもりだ。「じゃあ二時間後に」ロンと別れて別行動になったハーマイオニーは弾んだ足取りで買い物へ勤しんだ。クリスマスのプレゼントを買いに。まずは両親へ、それから友達、ああそう、あの人へもとっても大切。・・・すると頬がほころぶ。好きな人のことを考えると、ハーマイオニーでさえも隙ができてしまう。=。優しく美しい碧い目を持った青年。子犬のように柔らかそうなカフェオレ色の髪。魔法哲学教授。ハーマイオニーは苦心していた。勉強の為の読書はしてきたけれど、俗書は読んだことがないからよく解らないが、でもわかる。これが許されざる恋だってことくらい。 少し前、授業での不明点を聞きに行きそびれて、消灯時間寸前にの部屋を訪れたときのことだ。ノックをしても返事がないので、不安になったハーマイオニーはそっとドアを開けてみた。誰もいない。まさか、倒れてるなんてこと・・・そんなことを考えつつ、小さな隙間から部屋の中を見渡した。いけないことだと分かってて、自分を止められなかった。と、奥のドアが開きそこから湯気が立ち上る。なるほど、シャワーを浴びていたから、ノックの音に彼は気づかなかったらしい。しかし、この部屋はシャワールームが備え付けられているのか。彼は何かと待遇されている気がする。ブラック家と並ぶ名家の御曹司という噂は、あながち間違いじゃないらしい。 ゆったりとした足取りで扉の向こう側から姿を現したは、濡れた頭をタオルで強く擦っていた。白い肌に羨望さえも抱く。なんだが、好きな人の露わになった上半身を盗み見るなんて、ふしだらな気がするし年相応な気もする。年齢を重ねるほどブロンドヘアーというのは黒くなっていくそうだが、彼はそれとは異なるらしい。ブロンドカラーをそのまま残した青年は、こちらに背を向けたまま棚の上をいじりだした。広い背中がこちらに向く。その瞬間、生唾を飲み込む思いがこみ上げてきた。・・・背中いっぱいに広がる、黒々とした刺青。ぞっとした。そして湧き出す恐怖。どうしてあんなものが彼の背に。それは魔法陣のようにも、呪文を書き連ねたようにも見える。そして、それを潰し消そうともがき苦しんだような、複数の大きな切り傷。あの痛々しいものはきっと彼が施したのだろう。とても同じ人間の背中には見えなかった。 ハーマイオニーは逃げた。音を立てぬようにドアを閉め、石の階段を降りる。早くあの様を頭から消し去りたかった。彼の秘密を覗いてしまった気がして、どうしたらいいかわからない。対処の仕方なんて、本には書いてないだろうから。涙が無駄にぼろぼろ溢れる。彼のことは全く知らないのに、なにかそこから語るものがあったのだ。まるで自分が生きていることを責めるようにつけられたあの傷。 蜂蜜色のキャンドルを手に取りながら、そんなことを思い出していた。もちろんこのことは口外しないつもりだ。あんな禍々しいもの、まさか好き好んで刻み込んだとは思えない。キャンドルを三つ手に取り、階段を上って店の二階へ行く。埃を吸い込まないように、コートの袖で口と鼻を覆った。二階にはあまり客はいなかった。あの年代の男性の欲しいものはよく解らない。未知だ。奇麗な毛並みの帽子や、彗星のように輝く石、文字盤の愉快な腕時計など様々な品が並んでいる。が、どれもなんだかしっくりこない。腕を組んで悩んでいると、肩を叩かれた。振り向く。青い目がこちらを見ていた。 「やあハーマイオニー、欲しいものはあった?」 が暖かそうな黄色いチェックのマフラーを巻き、寒さで鼻を赤くして立っていた。思考の中の人物が現れて、ハーマイオニーは若干硬直する。それから「ええ、そうね、まあまあかしら」とやっとのことで答えた。は微笑んでから「そう」と相槌を打ち、ハーマイオニーの隣に立って棚の上の商品を眺め始めた。 「君もプレゼントを選びに?」 「ええ・・・でもなかなか決まらなくて。あなたは?」 「俺もプレゼントを。何が欲しいか事前に調べておくべきだったよ」 まったく見当がつかない。そう言っては笑う。「私もよ」とは言えなくて、とりあえず笑顔で質問してみる。彼と少しでも会話していたいという魂胆が見え隠れしてないといいのだが。 「は、クリスマスに何を貰ったことがあるの?参考までに教えてくれないかしら」 はさほど怪しむこともなく、話の流れに任せて答え始めた。 「君は頭が良く回るね。そうだな・・・五年前までガールフレンドがいたけど、彼女は毎年チョコレートのロールケーキを作ってくれたよ。俺が好きだって言ったからなんだけど。それと手編みの手袋はかなり嬉しかった。まだホグワーツの生徒だった頃で、なんだか照れくさくて身に着けられなかったかな。そうしたら、どうして着けてくれないのって誤解されたりしたけど、やっぱり恥ずかしくて」 苦笑いをしながら、が球体の羅針盤を手に取る。すかさずハーマイオニーが言葉を詰めた。沈黙はいらないのだ。 「その彼女、どんな人だったの?・・あー、教えたくなかったなら別にいいの」 ハーマイオニーはできるとこまで聞いてやると思った。ここぞとばかりにだ。彼への探求心は止まない。 「大丈夫だよ。彼女は俺より二つ年上でとても肌が白くて、それと赤毛がきれいだったかな。頭が良くて、ホグワーツのマドンナだった。俺は妬まれたりしたけど、彼女強くてさ、よく俺のこと守ってくれたんだ」 「どうして・・・別れてしまったの」 二階には二人以外の客は誰もいない。天井に張った蜘蛛の巣には、埃が積もっていた。外は雪が降っていて、壁の隙間から寒々とした風が吹き込む。 「俺はホグワーツを休学して、彼女は卒業した。彼女はロンドンを出ると言ってたし、俺も働いて生きて行かなくちゃいけなかったから。彼女のことは愛していたけど、二人で話し合って決めた結果だ。それに彼女は今はもう、結婚してる」 「そう・・・なんだかごめんなさい」 「気にしないで、もう未練はないし」 彼は明るく笑っていたけど、切なかった。やっぱり、二十年も生きてるんだもの、女性との関係くらい一つは二つ。と思っていても、なぜだか遠くに彼を感じる。は頭がいいし、背が高いしハンサムだ。女子生徒に人気があるし、誰とでもすぐ打ち解けられる。寮監は辞めさせられたけど(彼自身は辞めたくなかったようだが、マクゴナガルの決定は絶対だ)どうやら今度はクディッチの監督を狙っているらしい。積極的で、かつその微笑みは控えめだ。不釣り合い?知ってる。ハーマイオニーはこの恋を感じるようになって、時々途方もないほどのむなしさを得るようになった。彼の授業の後はなおさら。昔の人は「愛しい」と書いて「かなしい」と読み、意味は「いとおしい」と心得たそうだが、まさにその通り。彼に恋をすると、苦しみしか与えてくれないらしい。きっと悪気はない。 「それじゃあ俺はこれで。メリークリスマス」 は微笑みながらハーマイオニーに小さな箱を渡すと、階段を下りて店を出ていった。ハーマイオニーは驚きの声が出ないほど驚いていた。なに、これ?五センチ四方ほどの白い箱。開けると、小さな可愛らしい瓶に桃色の香水が注がれて入っていた。とても可愛らしい。ほのかにばらの香りがする。ハーマイオニーは体温の上昇を抑えられず、ただ嬉しさに浸る。がクリスマスプレゼントを私に?手に取るとひやりと冷たい。いや、手が熱くなっていたのかもしれない。それを両手に包み込む。しかし直後、焦燥を口に出すのだった。 「どうしよう!私プレゼントまだあげてないんだった!・・・私ってほんと最低な女の子よ」 はまるでサンタクロースのようにたくさんのプレゼントが入った袋を抱えて、ホグズミートを闊歩する。今まで小さな世界で生きてきたにとって、渡すべきプレゼントがこれほどまでにあるのはこの上ない幸せだ。と背中に誰かがぶつかった。うわっ、と声がしたから気づいたのだ。謝ろうと慌てて振り返り、口を開いたところで相手が誰だか気がついた。 「あ、ドラコかい?大丈夫?」 尻餅をついたドラコは目の前の意中の人物を見て、心臓が跳ね上がるのを感じた。勢いよく立ち上がる。なにも言えずにぱくぱくしていると、くすくす笑ったが視線を合わせるように少し屈んだ。暖かそうな帽子がかわいらしい。 「ドラコ、雪だらけだよ」そう囁くように言うと、頬についていた雪を手で優しく払う。ドラコはその手の冷たさに身をちぢこませた。 「つめたッ・・」 「あっごめん、俺の手の方が冷たかったか」 はハンカチを取り出すとそれでドラコの顔を拭った。顔と顔が近い。目が合う。その瞬間、彼はさりげなく笑ったが、ドラコはその行為に目を奪われて固まっただけだった。彼を好きだと自分の中で認識した時から、この恋は叶わぬものだとした。彼が自分を好きになるなんて有り得ない。これが実る確率は、ナポレオンが「不可能だ」と口走るくらい低い確率。知ってるだろう?彼の辞書に不可能の文字はないんだ。ボンクラ辞書め。・・・それでも別に良かった。だって一度でも恋ができたならそれはきっと幸せだからだ。 は抱えていた大きな袋から細長い箱を取り出した。アイビーのきれいな箱だ。上品なゴールドのリボンが巻かれたそれは、なんだかほのかに暖かかった。これはクリスマスプレゼント?まさか。彼が! 「先生、こ、これ」 「ん?クリスマスプレゼント。気に入ってもらえるかなーなんて、はは」 「・・・ほ、ほんとに」 驚愕。僕は夢を見ているのか?ドラコはの顔を見つめた。見惚れてしまうほど綺麗な顔。そこにある口が「開けてみて」と言ったのでその通りにする。リボンはすぐ解けた。箱も力を入れることなく開いた。・・・ああ、あなたはなんて、 「ドラコはすごく髪が綺麗だなあと思ってたんだ。だから、この色になったのかも。恥ずかしいな」 そのときの彼はとても饒舌で、まるで照れを隠すようだった。ドラコはそこに入っていたマフラーを手に取る。とても柔らかな肌触りだ。白い毛糸が作り出す立体的な模様。と、マフラーから箱の上に何かが落ちた。日の光に照らされて光っている、懐中時計だった。 「気に入ったかい?」 20081012(20091229 改訂) |