オゾンの膜 神の在処








家に着くとグラタンの匂いがした。彼は料理が好きだ。母親から学んできたからそうだ。はじめて彼が食べさせてくれたラザニアはそれはもう絶品だった。彼が料理上手だと知ったとき、ここまで似ている親子もいないとリーマスは思った。髪の質感や色、目元、しゃべり方。どれをとっても母親にそっくりだ。父親に似ているのは、声と落ち着いた雰囲気、時々する鋭い目付き。じっくり彼の父親を見たことはないが、成長したを見て思った。二人にそっくりだ。とてもよく似ている。


「ただいま。」


声を掛けるとキッチンからが出てきた。親愛の証として頭を胸に抱き寄せ、その母親似の髪にキスを落とす。シャワーはもう浴びたようだ。


「おかえり、怪我はしてないか?」


そう言われて心配をかけてしまったかなと思う。リーマスは頬を掻きながら目を逸らす。


「ああ、ちょっと、腕を引っ掻いただけだ。」
「・・・ばか、腕見せろ(してるじゃないか)。」


狼男が引っ掻いた跡というのは多少では済まない傷である。の予想どおり、リーマスの左腕は大きく引き裂かれていた。痛々しく、血色のいいぷりぷりした肉が露になっている。はリーマスに傷口を消毒するよう言った。「俺はグラタン見てくるから、それから薬も塗ろう。」




いい香りをさせながら、がやってきた。手にはグラタンの皿が二つ。黄色いチーズがほのかに色付いている。心地よい時間が始まろうとしている。それを木製のテーブルにそっと置く。そのしぐさが優しくて、彼らしさが溢れていた。
さて、とがリーマスの前に座り込んだ。手には白い色をした塗り薬。そこに消毒液臭い腕を差し出すと、はリーマスの顔をじっと見た。今にも泣きそうだ。リーマスはあえて何も言わない。軟膏を傷口に塗り込みながら、ついには泣きだしてしまった。まだ十七歳の少年だ。一ヵ月に一回、傷だらけになって帰ってくる同居人を見るといつもこう。当たり前だ、衝撃が大きすぎるのだ。


、きみが泣くことないだろう。きみに泣かれると・・私が辛い。」
「・・・俺、がしっしてやれることは、う、こうやっ、て薬を塗ってやれる、っことだけだ・・・ひっ、ほんと、役立たずだっひぅ、・・・ごっめん、ん・・・」溢れる涙。
「そんなことないさ、は私の代わりに働いてきてくれるだろう?」


涙を拭うその腕があまりに華奢で、苦しい。彼はいつも新聞配達やら本屋の店員やら忙しく働いている。
私という重荷。十七歳の。両親が死んで二年。彼は悲壮という言葉があまりに似合いすぎた。
人狼の男との生活は恐怖が付きまとう。月欠け表を眺めるメルシーを見つけたときの、あの虚しさ。 どうして私は人狼になどなってしまったのだろう。だから悔しい。彼に不安を与える根源になった自分が哀れだ。


リーマスは自分を責める術しか知らない。




は、リーマスが変身の解けたのを見計らって帰宅したとき、いつもグラタンを作って待っている。おいしそうな匂いを漂わせてはグラタンを運ぶのだ。体を自ら傷つけ、ふらふらになって帰ってくる親代わりの男をひとり待っているのだ。
泣き続けるの頭を撫でると、嗚咽が鎮まる。


「リ、リーマス・・・っく、ひうっ、」
「すまない、心配かけたね、もう大丈夫だから、泣かないでくれないか。」


若いリーマスは少し戸惑いながら、グラタンの前で彼を宥めるのだった。





























20080501