血潮と暖炉







ホグワーツに来て数日後、あっという間に教授になった。これはきっとスネイプの嫌がらせに我慢していたご褒美だと、は思った。ダンブルドアに呼ばれ、彼の部屋に入った途端に拍手を送られた。(な、なんだ・・・)は疑問を顔に露にする。「おめでとう!」と唐突に、老人の口から声が上がる。


「いやはや、わしは本当に嬉しい。君は誠に素晴らしい教授になれると、わしは信じておる。どうか、生徒たちに限りない魔法の世界を教えてやってくだされ、教授。そうじゃ、君は今日からホグワーツの教師になった」


頭真っ白とは、このことだ。


その後の自分の行動は、うっすらとしか記憶にない。授業はなかったので一日中部屋にいたが、整理が出来ない。乾した薬草を手でいじくりながら、口に出してみる。


「俺が教授。なんともまあ、あっさり・・・あっさりだ」


木の机に突っ伏す。陽だまりのせいか、机は乾燥した匂いがした。日光に目を細めると、不安がよぎった。
生徒にまともな授業を受けさせてやれる自信がない。だいたい、助手であっても隣にいるのがリーマスであっても、緊張から来る妙な感覚は拭えないようだったのに、それなのにもう一人で授業を任せられるなんて。二十歳の若い体には、巨大過ぎる不安。増幅していくそれに対しての震えが止まらなくても、何も言えない。


気付くと彼の部屋の前に立っていた。カーディガンのポケットには、数日前ドラコと買い物に行った際に買いだめておいた、チョコレート。一体俺は、何をしているんだ。
彼の部屋、といってもそこは教室の一角の、教師専用の小さな部屋で、あるのは本棚と机と窓だけ。そこに立って、本でもめくっている姿が脳裏に浮かんだ。
ドアを開けると彼はジャケットを手にしている状態でこちらを見ていた。


か、どうしたんだい?」
「ああ、いや・・・大したことじゃないんだけど」


リーマスは一言、入りなさいと言って手からジャケットを離した。しかし、出掛け際にやってきてしまうとは、タイミングが悪すぎて申し訳ない。


「悪い、出掛けるところだったかな」そう言いながらチョコレートをリーマスに手渡す。すると、彼は喜びに顔をほころばせながら、感謝の意を述べた。
「いいや、気にしなくていい。しかし、ここに君が来るなんて初めてじゃないか」


そこをつかれると、どきっとする。だから訪れたくなかったのだ。


「・・・・そうだったかな」
「そうさ、それにどうやら、私のことを避けていたようだしね」


ぎくり。それから、さーっと血の気が引いていった。どきっ、ぎくり、さーっ、である。しかし、このリーマスという男は、人の触れられたくない部分を引っかくのが上手い。
別に避けてたわけじゃないんだ。それだけ言えばいいことなのに、それを言ってしまうと自分の心に嘘をついてしまう気がしたので、口を噤んでいた。沈黙。
次に口を開いたのは、リーマスだった。


「はは、もう君の父親代わりじゃないのに、説教してしまいそうになった。だめだな、はもう20歳だった」


立派な大人さ。そう呟いたリーマスが妙に父親臭くて、目の奥が熱くなった。
幾分か年老いた男の台詞のようだ。実際はまだ若さの残る年齢だというのに、彼の苦労を物語る白髪が、年齢を増やして見せていた。


正直言うと、少し避けていた。なぜなら。リーマスと生活していたという事実が、生徒のあいだに広まるのが怖かったからだ。ばかばかしいと思う。「子供」をおそろしく感じる「大人」の自分に呆れてものも言えない。だいたい、顔を合わせたところを子供に見られたからって何を知られるというんだ。
それに、理由はそれだけじゃなかった。リーマスの姿を見ると、微笑んだ顔を見るとどうしても気が緩む。心が幼くなる。リーマスに、子供のように甘えたくなってくるのだ。それは日々の労働の疲労から来るのもあるだろうし、今までのリーマスとの5年間も関係しているだろう。恥ずかしかった。


座れと促され、そばにあった皮製の椅子に腰掛ける。紅茶を差し出してきたリーマスの顔を見上げると、微笑んでいた。だめだめ、感情が飽和してしまう。目をそらす。


先に口を開いたのはリーマスだった。嬉しそうな口調で、


「やっと教授になれたそうじゃないか、おめでとう」


と言われた。紅茶を噴き出すところだった。な、なぜ知っているんだ。そう目で訴えると、「校長から聞いた」と言いながらの横に座る。リーマスの匂い。とたんに不安な思いが溢れた。


「まったく、おめでとうじゃないよ。リーマス」


暖炉は優しい。イギリスの十一月には、すぐ窓ガラスが凍るような寒さが訪れる。冬の訪問が少しばかり早いようだ。そのなかで暖炉はほのかな暖かさで、人々を包んでくれるのだ。は幼い頃から暖炉が好きだった。よく父と一緒に火を灯した。だから、今となっては少し苦手になっていた。両親を思い出してしまう。黒い髪の似合う父と、柔らかい笑みをくれる母。


泣きそうだ。


「・・・不安なのかい」


優しい声に包まれる。ああ、リーマス。やめてくれ、涙が出てしまう。の目は濡れ始めていた。キャラメルカラーのカーディガンでぬぐうと、そこが湿って茶色くなった。


「魔法哲学」をもつことになった。哲学はホグワーツにはなかったものだ。しかし、他の学校では導入されており、知識があるのが唯一のみだったため、彼がやらざるなくなったわけだ(は5学年の時に退学していたため、不足した学力を取り戻すためにさまざまな分野の勉強を、独学でしていた)。しかし、新米である自分が授業を持つだなんて。


「不安さ、とてもね。哲学を教える教授がこれじゃだめかもしれないけれど、仕方ないだろ。これだったら、スネイプの助手をやり続けたほうがマシだったかな。・・・・できっこないよ、俺になんか」


暖炉の炎が揺れる。ぱきぱきと薪が燃え盛る。沈黙のためか、その音が妙に冴えて聞こえた。










「できるさ、だからこそできるんじゃないか」


リーマスが唐突にを抱きしめ、そう言った。抱きしめられた本人は、濡れた目をして驚いている。「リ、リーマス?」と戸惑いの声を上げるが、離してはくれない。


「君にしかない知識だ、君だけが教えられる。こどもたちはきっとの授業を待ってる。だいじょうぶさ、好きなようにやればいい。失敗したって誰も攻めはしない。みんなが大好きなんだ。自信を持ちなさい」


ああ、リーマス。あなたは俺の暖炉だ。優しく包み込む声、腕、すべてが暖かい。魔法のような言葉をかけてくれる。甘えているとわかっていても、リーマスに体を預けてしまう。絶大な安心感。


「うん」


頷かせてしまう説得力。


十一月も終わりが近付く。そろそろ雪も降るだろう。


























2007.12.15