ベビーブルーの眸







教授になりたくてここに来たんじゃないか!青年は緊張で動かない自分の脚を叱りつけた。分厚い教科書たちを力を込めて握り締めながら、扉の前に立つ。心臓の声音を聴きながら深呼吸をすると、息がふるえた。
新米だからなんだというんだ。自分は失敗を恐れるような歳ではないし、それに今日はまだ助手だ。すべて教授に任せればよいのだ。そうだ、だから大丈夫。・・・そう言い聞かせないと緊張で今にも倒れそうな自分が情けない。
腕の力に任せて目いっぱい扉を開けたは、目の前の生徒の数に一瞬怯んだ。
ちょっと、多すぎやしないか。
予想外の人数に心臓が早鐘を打つ。そういえば今日は合同授業だった。眩暈がしてその場で立ちすくんでいると、生徒のたくさんの目が彼に注がれた。射抜かれるようでどぎまぎする。少女独特の甲高い(黄色い)悲鳴に鼓膜を痛ませながら、足を前進させる。高くて広い天井に靴音が響き、それに併せて少しずつ緊張がほぐれた。注目されることには慣れていない。
マクゴナガルが背 筋をぐっとのばして立っている横に助手らしく立つと、は表情をきりりとさせた。


「では、授業を始めましょう」


マクゴナガルがそれだけ言うと、それまでざわついていた教室内が水を打ったように静まり返る。すごい教授だ。はひそかに尊敬の念を露わにした。そのとき、


先生、ひとついいですか?」


ひとりの少年が手を挙げた。プラチナブロンドの少年は、瞳に何かを企んでいるような色を浮かべている。タイを確認する。スリザリン生だ。
嫌な予感はしながらも無視することも出来ず、はどもりながら「な、なんだい」と質問を促した。


「先生にはガールフレンドはいるんですか?」


は顔が引きつるのを感じた。生徒たちが途端にざわつく。彼らが気になっていたことの核心をついた質問のようだ。
横に立つマクゴナガルの表情をちらっと横目で伺うと、彼女はちらに鋭い視線をよこしてきた。そし てゆっくりとため息を吐き出した彼女は、諦念の含まれた声を出した。


「まあ、今日は初日ですから、いいでしょう・・・子供たちの質問に答えてあげなさい」


はマクゴナガルに感謝しながら胸をなでおろして(絶対にお咎めを食らうと確信していたから)、手を挙げた生徒に顔を向けた。


「付き合っているひとっていうことだね・・・・えーっと・・・・・」この生徒の名前が出てこない。するとそのスリザリン生が片眉をぴくりと動かした。
「ドラコ・マルフォイです。まさか、生徒の名前も覚えてないんですか?センセイ」


わざとらしく呼ばれ、の笑みは固くなった。めざとい。名前なんて汽車の中でぺらぺら名簿を見ただけだから、覚えてるはずないのだ。ただ自然と言い訳が漏れた。


「覚えていたけれど、その・・・写真とあまりに違うから、わからなかったんだ」
「へえ、僕の写真写りが悪いって?」
「いやそうじゃなくて、・・・写 真よりも素敵だってことだよ、ドラコ」


苦し紛れすぎる言い訳だ。は自覚しつつも、精一杯にこやかな笑顔をうかべた。
ブルーの虹彩、真っ白な肌、ブロンドのやわらかな髪、長い手足をもつは、文句のつけようもないハンサムであるはずだが、自覚がまるっきりなく、こうやって微笑を振りまいては周囲の女性を惹きつけた。そして今もまた、その笑顔を見せつけられたドラコは白い頬を桃色に染め、俯いてしまっている。ドラコが黙りこくってしまったので、教室内はわずかな間、静かになった。


「先生、自己紹介してくれないんですか?」


その沈黙を破って、赤毛の少年が身を乗り出す。赤面するドラコを不思議に思っていたは、赤毛の少年──ロン・ウィーズリーの方に向き直った。


「そうだね、じゃあ、うーん・・・・残念ながら恋人はいないんだ」


拍手や笑い声や女子生徒の安堵の声、はたまた口笛が鳴った。はにこやかに笑う。

< BR>「俺は今年で二十歳になる。5年前にホグワーツを休学して、それからはいろいろ仕事をしながら暮らしてた。そんな中、試しにここの採用試験を受けてみたら、合格したんだ」


そのとき、生徒たちの中で、グリフィンドールのめがねをかけた黒髪の少年が手を挙げるのが目に入った。ハリー・ポッター。彼はあまりに有名だから、俗世から離れて暮らしていたでも知っている。
質問を促すと彼はグリーンの瞳を輝かせた。意外にふつうの生徒なんだな、と虚を突かれる。もっと英雄ぶっているか、もしくはひどく引っ込み思案なのかと思った。


「どこの寮だったんですか?」
わくわくしているような表情をしたハリーは、声を弾ませていた。新米教師のに興味津々らしい。
「君と同じさ」


はすっとハリーのタイを指さして笑った。その瞬間、


「先生!マルフォイの顔が真っ赤で、今にも倒れそうです!」


一斉に生徒の視線がドラコに向 けられる。確かに彼の白い顔は真っ赤に火照り、目はうつろで、体は安定を失いゆらゆら揺れている。熱に浮かされているようだ。
マクゴナガルの顔がこわばり「皆さんは教室に残っていなさい!いいですか、一歩も教室から出てはいけませんよ、一歩もです」と念を押した。はドラコのそばに駆け寄り、彼の肩に手を回し抱える。ぜえぜえと息していて、苦しそうだ。熱でもあるのかもしれない、喘息持ちかも。体が発火したように熱かった。


「もう大丈夫だよ。今、医務室に連れて行くから」


耳元で伝えると、かすかに頷く。それを視認したはドラコを担ぎ上げ、そのまま教室を走り抜けた。






在学中、5年生のとき監督生になった。それを心から喜んでくれたのは父だけだった。
グリフィンドール寮に入るということは、家にとってまさしく汚名。高貴なる魔法使いの血を受け継ぐ貴族、家は、代々ホグワーツのスリザリン寮に入るのが伝統だ。亡く なった曾祖母はよくを「呪縛の子」と忌まわしげに呼んでいた。実は家の中でグリフィンドール寮に入ったのは、だけではない。彼の父もグリフィンドールの生徒であった。曾祖母は父・グーリッドも「破滅の子」と呼んでは、己に近づけようとしなかったそうだ。グーリッドの持つグリフィンドールの運命を、曾祖母は「呪縛」と言い表したのだ。その「呪い」はの体に形として残っている。
5年生、クリスマスの前の日。父が死に、その4日後に倒れた母は、1ヶ月後死んだ。二人とも死因は異なったが、ふたりがほとんど同時に死に、は目の前が真っ暗になった。






医務室に連れて行く途中ドラコは「せんせい、せんせい、」とうなされていた。どうしよう、このまま死なれたら、とか縁起でもないことばかり考えてしまう。
医務室に連れて行きベッドに寝かせると、ネクタイを解いてやった。マダム・ポンフリーが腕まくりをしながら近づいてきた。


「熱でも出し たのかしらね、顔が真っ赤だわ」
「風邪ならまだいいですけど、なんか病気とかだったら・・・」
「その心配はないわ。なんらかの病気なら顔色は悪くなるはずだから、安心なさい」


はその言葉にほっと胸をなで下ろすと、ドラコを見た。相変わらず眉間にしわを寄せている。だが、大丈夫そうだ。はマダムにドラコの治療を頼み、足早に次の授業に向かうのだった。








両親が死んだ後、あの屋敷を出てさまざまな場所でリーマス・ルーピンと共に生活してきた。15歳だったを引き取ろうとする親戚はどこにもおらず、しかし一人で生きていくには危ない世の中だった頃だ。しかしそんなとき、遠い、はてしなく遠い、血の繋がりなんてものは薄すぎて当てにならないようなリーマス・ルーピンがを引き取ると言い出した。その頃はリーマス自身も若く、この年頃の少年を育てるなどと親戚内で陰口を叩かれていた。それでもリーマスは「育てるのではなく、ともに暮らすん だ」と最後まで言い張っていた。はほんとうにリーマスに感謝している。彼がいなければ今頃自分など死んでいたかもしれないのだから。







初日を終え、自室に戻ったはベッドにのろのろと潜り込んだ。もう今夜は寝てしまいたい。引っ越しの荷物がそのまま散乱している部屋で、は意識を手放した。明日はまた早い。





















2007.8.26(2010.1.1 改訂)