走る男がひとりいた。だだっ広い廊下をハイスピードで走る。頭の中はグリフィンドールの例の双子でいっぱいだ。(あいつら、骨抜きにしてやる…!)怒りの形相で足を速めた。


朝、寝覚めたあたりからルームメイトの様子がおかしかった。目があうと反らされたり、会話がぎこちなかったりする。着替えはじめると全員部屋から出ていってしまった。なにとなく孤独を感じる。とっさにいじめかと思った。なにかやらかしたかと不安になる。昨夜、マクゴナガルに叱られ罰まで与えられたわけだが(参考書P190まで音読)、問題ない範囲だ。と思う。しかし洗面所の帰りに事件は起きた。顔にタオルを押しつけて眠気を殺そうとしていると、ルームメイトのひとりが抱きついてきた。朝日が照っていたはずなのに、目の前が暗闇になった。ごめん我慢できなくなっちまった、とほざく相手に偽りの優しい声をかけてやる。瞬間的に分かった。ウィーズリーのところの双子だ。あの赤毛そばかすめ、しのごの言う前にカエルにしてやる!
部屋に戻りネクタイとローブをかっさらうようにとり、スリザリンの談話室を横切る途中で女子生徒に声を掛けられながらネクタイを首にかけた。結びはしない。面倒だ。それがマクゴナガルに怒られるひとつの要因だ。シャツがはだけ過ぎていると昨夜にも言われたが知らない。シャツははだけてなんぼだ。鎖骨がチャームポイントなんだ。嘘だ。


ガンガンと足音立てて(痛がっているであろうローファーに謝りつつ)双子に近付く。どっちか片割れのローブをひっつかんで引っ張った。顔で分かる。ジョージだ。


「おまえらふざけるな!いつ仕掛けやがった!」
「フレッド、ばれたぜ」
「わお、今回は早いな」


のんきなものである。二人は天文学の参考書を抱えていた。


「なにをしたかは分かってるみたいだな、
「あの様子を見りゃ誰だって…」


ここでは意味ありげに区切った。蛇のように双子を睨みつける。


「惚れ薬をやったな」
「「さっすがスリザリンの優等生!イエーイ!」」
「なにがイエーイだ…なにも楽しくない…」


早くしないと自分の授業も始まってしまう。これ以上の減点は進級に関わるだろう。背中に嫌な汗が伝う。参考書どころかペン1本さえ持ち合わせていない。は焦りながらもジョージの胸倉を引っつかんだ。


「それでその解毒薬は?まさか持ってるだろ」
「「へへっ、しらないねえ」」
「それで許されると思ってるのか!」
「「さあねえ」」


くるりと踵を返して歩き去られる。どうすればいいのか皆無だ。それ以上引きとめることも出来ず、彼はひとり立ち尽くした。いけない、授業が始まってしまう。もう面倒臭い。このあとのほうが面倒だろうが、今の利益を考えよう。はスリザリン寮へ戻って、教科書を取りに行くことを優先的に考えた。ローファーはかかとを潰して履くと走りにくい、ということを学習できた。抜けてどこかへ飛んでいきそうだ。


ローファーが脱げないようにと変な走り方のまま部屋に着き、魔法薬の参考書とペンケースをひっつかんだ。寮内には誰もいないようだ。それをいいことに、まるで100mランナーのようにダッシュした瞬間、少年にぶつかった。完全に相手はふっとばされた。うわあやらかした!と思って「悪い、大丈夫?」と手を差し伸べるとそれはドラコ・マルフォイ。青白い顔に黒いローブがひどく映えて見えた。彼は痛みに泣きそうな顔をしていたが、の顔を見た途端怒りに瞳を震わした。そして次の瞬間には頬をほのかに染め上げた。まさかこいつも惚れ薬かと思ってドラコの手を取る。


「ごめん、けがはないか?どっか痛いか?泣きそうな顔してるけど」


そう問うとドラコは首がちぎれるのではというほど横に振り、さらに顔が赤くなった。青白かったものがこんなにも血色よくなっている。


「おまえ、授業はどうした。もう始まってるだろ」
「具合、悪い」
「そうか、じゃあ医務室までおぶってってやろうか」


二つ年上のからしてみればドラコの身長は低いもので、抱えてやれるだろうという親切心からの言葉が裏目に出た。


「だ、だだ誰がおぶられるか!」


火でも吹くんじゃないかというほど怒鳴られる。ドラコは肩を上下させながら呼吸してそれから顔を伏せた。恥を知ったらしい。しゃがみこんだまま動こうとしない。


「そうだなあ、ひとりの男としておぶられるのは嫌だな」


ドラコの視線にあわせるようにかがんだは、くすくすと笑った。馴れ合いを好まず人を嘲笑うような性格の持ち主だろうと思っていたが、まったくそうではないらしい。ドラコはプライドが高いのか、顔をまっかにして怒鳴っている。いや、これは惚れ薬のせいだろう。


「とにかく、医務室にいこうか?」
「いい…歩ける、ひとりで行く、ひとりで、医務室に…」


プラチナブロンドの彼はぎくしゃくと後ずさりしていく。ソファに突っかかったかと思うと一瞬で消えた。すごいスピードで走り去ったらしい。は一人取り残され、かがんだままぼんやりとしていた。
もう2度と男には飲ませないようにウィーズリーの双子にくぎを打とうと決めた。










解毒薬は呪文学のノートと引き換えに手渡され、数日後にはスリザリン寮に平和が訪れた。
グリフィンドール寮に来たは双子と談話室でソファに座った。


「梃子摺らせやがって…俺の唇は4度も奪われた」
「いやあ面白かったぜ」
「この数日間だけでアルバム作れたしな」
「「ありがとう!想い出をありがとう!」」
「…そのアルバムはもちろん俺に寄与されるわけだな?」


こいつらのことだ。皆に見せて笑いの種にするんだろう。ぞっとする。サムにキスされたやつとかがさらされたら俺は死ぬ。は死相が出た。双子は同時に高笑いをする。じわじわ出る嫌気。フレッドがちっちっち、と唇の前で人差し指を振る。


「ばかだなあ、これはもちろん」
「俺達のベッドの中に忍ばせて」
「夜に開いてそして…」
「「これ以上はいえないね!」」


夜な夜なアルバムを開く双子の姿が想像できて、ぞっとする。15歳だけあってやっぱりアレはするわけで(自分のルームメートがしているところも時々見てしまうことがある)。それは別に文句を言うところではないが、そこに自分の写真の詰まったアルバムを使われるのは嫌だ。冷や汗をかきながら、双子が肩を組む様を見つめた。ジョージがヒュー、と口笛を鳴らす。
はポケットからするりとタイを出し二人の首に巻きつけ始めた。双子はきょとんとすると声をそろえて「なんだい?」と言った。


「友情の証だよ、これも一緒にベッドに突っ込んどけ」


ブルーのタイはスリザリンのものだ。の香水の匂いがする。ブルーのそれとはまったく違う甘い香りがとても魅力的だ。それを身につける彼がなにより。双子は耐え切れずの両頬にキスをした。その後、ひっぱたかれる。






寮に戻ってさてシャワーを浴びようと自室に戻ると、ドラコがいた。こいつ俺の部屋でなにしてやがると顔を歪めたのもつかの間、は傍らの壁に寄りかかって大きな声を出した。


「ミスターマルフォイ、ここで何をしてる」


ドラコは予想通り肩を強張らせ、こちらをすさまじい勢いで振り返った。それと同時に頬がぽっと染まる。桃色だ。は眉をひそめた。なんだって?その目はなんだ、解毒薬はどうした。ルームメイトに効き目はあった。一晩寝ると皆、消えたように忘れていた。数日前の夕食でドラコにも飲ませたはずだが。目の前の青い目をした少年はおどおどし、その顔色は確実にあの感情によるものなのではないだろうか。次に口をついて出たのは自分でもはっとしてしまうものだった。後戻りは、できない。


「お前、俺のことが好きなのか?」












消えたように忘れてく


それは恋という名の毒素。解く方法はまだ発見できていない。












ドラコは頷くことも首を横に振ることもできなかったが、目をそらさないようにふんばった。ほのかな灰色のその目に吸い込まれたい。この感情は紛れもなくなのだ。後戻りは、できない。










この解毒薬を、はやく。


















2007.8.4 Wed.