ぞくぞくしてるんだ。本当は。でもそれを隠して、まるで俺はこんな試合どうでもいいんですよっていう風にして、ゴール決めるのがたまんない。そうやって俺はサッカーを楽しんでる。スタートは何においてもやっぱり楽しむことだよな。ほら、お前がテニス楽しそうにやってるみたいにさ。楽しいから努力できるわけだろ、そんで強くなれんだろ。うん、一石二鳥。俺さあ、スペインに好きな選手がいんだけど、その人めっちゃかっこよくてさ、何よりサッカーを楽しんでんだよね。俺もああなりたい。俺、本気でフットボーラーになりたいんだ。









遺伝子の意志









静かに息を吐いた。これが入れば勝てる。もし入らなかったらたぶん―――いや、口にしないでおこう。一旦声にしてしまったら、現実になってしまいそうだから。
中学最後の試合。これに勝てば優勝。美しいサッカーさえできれば、勝てる。そして今、1対1で迎えた後半37分。FKを得た俺たち氷帝学園中サッカー部は、絶好のチャンスを手にしたとしても尚、張りつめた空気は健在だった。そう、気を抜いてはいけない。負けたくなければ最後まで勝利への執着を持つことだ。芝のついたボールを置く。くるりと回して位置につける。キャプテンマークを握りしめる。ふかく深呼吸。これは俺の気高き誇りであるし、重石でもあるのだろう。黒いスパイクを履いた足で数歩下がる。壁のプレッシャーに胸が詰まった。くそ、コースが見えねえ。ホイッスルが鳴って、俺は走り出した。蹴る。無回転のシュート。長い一瞬。キーパーが飛ぶ。読まれてた。長い手が・・・うわっ、触られた?でも、弱い。入った。ゴールだ。俺は沸き立つ血潮に我慢できなくて、大声上げて両手を突き上げて走り出した。芝の上を膝で滑る。人差し指を突き出して、俺がやったんだと誇張する。チームメイトが後ろから追突してきたけど、それでも俺の目はスタンドの端に座 っている跡部を捉えていた。よかった、笑ってる。


「・・・やべえ」
「あ?」


ロッカールームから出て歩いていくと跡部がいた。壁にもたれて立つ姿は涼しげだ。白いシャツが風にはためいている。今の俺はどろどろのぼろぼろで、なんとも釣り合わない。俺が彼の隣に立って発した第一声は、妙だった。なぜかというと。


「おまえがくれた指輪、どっかいった」
「はあっ?てめえ・・・よく探せ。つうか全国制覇したあとに俺様に言うことじゃねえだろうが」
「うん、そうなんだけど。試合中ほんっと、あとで跡部に」
「景吾だ」
「そう、景吾にさ、怒られると思って・・・よかった、とりあえず優勝できて」
「ばか、そんなこと考えながら試合すんじゃねえよ。・・・そうだな、じゃあ、優勝祝いはそれでいいな」
「それって?」
「指輪」
「えーもっとうまいもんとかがよくない?一緒に食べに行こうぜ」
「意見できる立場じゃねえだろ、アーン?」


優勝したの俺なのに。俺が唸ると、跡部、違う、景吾は少し笑って歩き出した。俺はそれを見ると監督に近寄り、今日は車で帰ると伝えた。監督は俺の肩をたたくと何も言わずにバスに乗り込む。なんとなくその背中が暖かい気がして気がゆるんだ。あんなにがみがみと厳しかった監督が、力が抜けたように俺の肩に触れた。感慨深かったし、ああ、やっぱり優勝してよかったなと思った。しばらくしてみんなを乗せたバスが走り出し、俺はそれを見送り景吾の後を追った。
昨日の夜遅くにメールした。明日決勝だから試合見に来て。そのあとに続けようと思った言葉が思い出せなくなって、ほんとにこれだけになった。よくこれだけで来たと思う。返事もなかったのに。彼が誕生日にくれた(死ぬほど高そうな、プラチナ?の)指輪もなくしたし、明日はきっと勝てないだろう。だったら彼に見てもらうまでもないかな・・・格好悪い様を見られるのは居心地悪いし、と諦めたのに。ポジションつくときにちらちらスタンド見てたら、彼を見つけた。ああ、なんつーんだろ。あのじれったい感じ。試合なんかどうでもいいから、抱きしめにスタンドに跳び上がりたくなる、あのじわじわとした衝動。桃色のインクが純白にすーっと馴染んでゆく、美しく淡い感情。そう、恋しかった。


「指輪もほしい」
「欲張んじゃねえ、褒美はひとつだ」
「なんだよ全国制覇したんだぜ・・・おまえだってできなかったじゃんかよ」
、パスポート持ってるか」
「・・・ごめん」


海外に売り飛ばすのだけはやめてください。
景吾の車に乗せてもらって帰ると、俺はいつも眠たくなる。彼が隣でいい匂いをさせているからだ。甘い、俺を誘うような匂い。その漂う香りに酔ってしまったかのように、彼の肩に頭を預けた。すごく落ち着く。海底で生温い海水に浸かっているような感覚だ。こうやって俺の脳髄を溶かし、弱ったところを捕まえて生き血を吸うつもりなのかな。重たい頭でそんなことを考える。完全に眠くなった俺は、しばらくそうしていると目を瞑った。



寝た。俺の肩により掛かったまま。よほど疲れたんだろう。あんなに長い間集中力を保っていれば、誰だってこうなる。ゆったりと底なしの闇にとけ込むように、まるで眠り込むかのように、意識と思考を集中できる。これは彼の強さだ。の中にじっと潜んでいる情熱、ぎらりと彼の瞳に焼き付けられている情熱に、俺は飲み込まれるように惹かれた。あんなの持っているのは、あいつしかいない。あいつしか持っていない。普段はそんな片鱗さえちらつかせないだ(ぼんやりとみなの笑顔につられて笑っているというのが勝手なイメージだ)。なのにあの烈しさは、こちらの血液が騒ぎ出してしまいそうなほど。本当に驚かされる。彼は二人いるようだ。いや、もしかしたらホイッスルが鳴ると共に、遺伝子から変化してあの男は生まれ変わるのかもしれない。
ポケットの中に手を入れて、中にあった指輪を取り出した。まったく、恋人からもらった指輪を無くすなんて無神経そのものだ。かわりに俺のをやろう。デザインも値段も違うが、代わりにはなるだろう。寝ているの白い手を取って(サッカーばっかやってるってのにこいつは白くてそばかす一つない)薬指にはめる。ゆるい。ひとつくるりと回してみると、簡単に回転した。またなくされたりしたら最悪だ。だが今はこの寝顔に免じて信じてやるか。何も知らないで寝やがって。憎いやつだ。



運転手がドアを開けて目が覚めた。居場所を問うと、レストランだという。なんだかんだ言って飯奢ってくれんじゃん。嬉しく思って景吾の顔を見ると、それはもうぐっすりで驚いた。少しの物音でも起きそうなのに意外だったからだ。黙ってりゃきれいなのに。


「運転手さん、帰りましょっか」


いつもいつも振り回してる俺にしては気が利く。運転手は少しどもったが、かしこまりましたとドアを閉めた。


「・・・疲れてんのにわざわざ来てくれちゃってさ。ばかなやつ」


俺のメールなんか無視すればいいのに。そこをそうしないところはほんと阿呆だと思うし、同時に恋しい。おまえにそんな一面がなけりゃ、絶対俺はおまえなんか選ばなかった。傲慢で自己愛強いし自意識過剰。どこがいいんだよ、そんなやつ。いや、これはけなしてるんじゃなくて。
窓の外を見てため息をつくと、景吾が小さな声を出した。振り向くと、眉間にしわを寄せている。どんな夢を見ているのだろう。不快そうな寝顔を見つめながら、肘おきに頬杖をつこうと左手を動かしたとき、気がついた指輪の存在。それはまさしく彼の指にあったもので。


「ぶっかぶか」


人が寝てる間になにいたずらしてんだよ。それから。好きだ、愛してるよ。心の底から。一つひとつの遺伝子で。




















090117 そうさ、心の底からね。