四月の屋上は陽が暖かだった。気温は生命力溢れるほどに上昇している。忍足に連れられてやってきたここには、景吾を含め五人の人間が座っていた。前髪が春風にさらわれる。 blooming beaming #4 黄金の波 ドアの開く音に導かれて、五人がこちらを振り向いた。彼らの元へ歩いていく脚が緊張で少しもつれる。 「こいつが噂の?」 宍戸が問う。忍足は輪の中に入り座り込むと、せやで、と楽しそうに言った。景吾はただ黙って聞いている。の存在はさして気にならないようだ。その彼の隣に恐る恐る腰をおろし、まわりを見渡す。・・・部員はみんな・・・、うん、インパクトがある。 「なあ名前なんつーの?」 その中の、金髪の少年が声をかけてきた。春の日差しのにおいの漂う笑顔だ。明るい笑顔に戸惑っていると、っちゅーねん、と忍足が答えた(なんでおまえが答えるんだ)。 彼らはとてもフレンドリーで親切で、はすぐ馴染むことができた。忍足の手助けもあったが。ゆったりした時間に身を任せて、談笑をしながら弁当を食べていると、突然ジローが突進して抱きついてきた(意味分からん)。胸を強く打ち、噎せる。ほかの部員たちはこれが日常なのか、別に驚く素振りも見せなかった。おそらくこれがジローの友情の証であり、スキンシップであり、歓迎の儀式なのだ。 「、あとべとおんなじ匂いするー!」 におい・・・ちょっと鳥肌が立った。たしかに、バスルームに備え付けのシャンプーやボティーソープを使っているから、もしかしたらそれらは景吾と同じものなのかもしれない。ジローの仰天発言を無視して、赤い髪をきれいに切りそろえたかわいらしい小柄の少年が、当然というような口振りで「やっぱあんたもテニス部入んだろ?」と聞いてきた。虚を突かれ少し狼狽しつつもは苦笑する。 「いや俺はテニスやったことないから・・・」 「やっただろ、昨日」 今まで知らんふりを突き通していた景吾が唐突に会話に入ってくる。は冷たく叩かれたので次の言葉に詰まってしまった。昨夜は完全に走らさせただけだ。あれが紳士のスポーツなわけがない。忘れかけていた筋肉痛がよみがえる。 の横に座り、今まで静かに微笑んで彼らの会話を聞いていた滝(という人)がちらっと景吾を見遣ってから、言う。 「まあでもプレーヤーとしてじゃなく入部するっていう手もあるよ? 他にも仕事ならあるし、入部はしてもらおうよ」 滝はうっすら口元に笑みを浮かべていたが、は数回目を瞬かせた。何をさせるつもりだ? 「ねえ跡部。『副部長』いなくて大変じゃない?跡部の仕事はテニス部の部長ってだけじゃないんだから、この際部活の方の仕事は、春鷹に任せちゃってもいいんじゃない。家族なら信頼できるでしょ?」 「はっ?副部長って・・・俺が?」 「ええやんそれ、俺さんせーい(といっしょにおれる時間増えるし)」 の意に反して忍足が賛同したのがスタート、ほかの部員も反論せず、ジローと岳人にいたっては「賛成さんせーい!」と騒ぎ立てていた。 実際、景吾は多忙を極めていた。一年の頃から状況は全く変わっていないが、今の現状が和らぐなら今すぐそうして欲しいくらいだ。まだ学園の生活に慣れていないを側に置いておきたい景吾にとってはこれとない名案だったが、テニスなどほとんどやったことがない彼が仕事をこなせるか不安だった。彼はテニスのルールさえもしらない。 「おまえはどうしたい」 景吾はを見据えた。本人の意思を確認しなければこんな大仕事は任せられない。振り返った相手の目に戸惑いや拒絶の光はなかったが、少しの間の後、優しげな声がした。 「景吾くんのためになるなら、いいよ」 花びらが水面に浮くように柔らかな笑みを浮かべたは、切なかった。今ま で家族のいなかった彼のことを考えると、その台詞に少なからず胸が痛んで、変な罪悪感にさいなまれた。 その日の放課後、二年の樺地がほとんど無言で持ってきた書類、入部届けにサインをしていると、ナチュラルに名字を間違えた。慌てて修正ペンで直すを余所に忍足が嘆息を漏らす。 「へえ、って言うんや。その方が名前に合うてるな」 「本名だから・・・・・って、違う!(何言ってんだ俺のばか!)本名っていうのはその、ちがくて、っていうのは、ええと、」 柄にもなく慌てふためき言い訳するに笑みをこぼし、忍足は宥めた。 「落ち着き、さっき跡部に全部聞いたからわかっとる。もう隠さんでええよ」 「ぜ、全部?」 「全部。血がつながってへんってのも、養子ってのも」 全部わかっとる。気になったからすべて聞き出した。しつこい忍足に観念したのか跡部はため息を漏らして、口を開いた。最初は驚いたが、この変な時期の転校を考えれば、納得がいく。 忍足に宥められてほっとしたのか、はそうかと頷いてボールペンを持ち直して『跡部』と書いた。 視線が気になる。所要事項を記入している最中ずっと、忍足がに視線を送ってきていた。というより無心でこちらを見つめている。授業中も忍足は妙な視線をこちらに向けてくるのが気になっていた。じりじりと長い時間忍足のあつい熱に炙られて、隠された何かがとろけ出てしまいそう。忍足は、よりも景吾のことを知っていたし、学園のこともたくさん教えてくれた。それは慈郎も岳人も宍戸も滝も同じで、メアドを急かすように聞いてきた慈郎からは昼休みが終わる直前にメールがきた(「こんどてにすやろー(^^)」・・・カタカナの変換くらいはしてほしかった)。しかし、そんな彼らとは違う忍足の存在に、ほんの少しだけ疑問を抱いている。 そのぎらついた視線には知らぬふりをして、忍足に別れを告げて教室を出ようとしたのだが、がっしりとその腕を掴まれて動けなくなった。まるで心臓をわしづかまれたように動けなくなった。の目を覗き込んだ忍足は、ふと微笑んで囁いた。 「部活さぼって遊ばへん?」 「さぼっ、あっ!」 返事を待たずに走り出してしまった忍足。は抵抗もできない。ただ人通りの多い廊下を疾走し、黒い後頭部を眺めるしかなかった。 遊ぶと言ったからゲーセンとかショッピングモールを連想していたはちょっと拍子抜けした。着いたのは忍足の実家と思われる住宅で、彼からしてみればただの帰宅となってしまった逃避行。玄関の鍵は施錠されていないらしく、なんの躊躇もなく忍足が手をかけたドアノブは素直に引かれる。ただいまー。聞き慣れないイントネーションの言葉が響き、おかえりーとこれまた関西の風が吹いた。が玄関のサッシを跨ぐと、奥から出てきた中年女性の表情がぱっと笑顔になる。たぶん忍足の母親だろう。お友達?と息子に問う声音は少しばかり跳ね上がっていた。 「おん、今日転入してきてん」 会釈をする。はじめまして、と言おうと思ったら頬をぺちぺちと叩かれびっくりして声が引っ込む。 「まあ〜べっぴんさんやわ〜スペインの王子みたい」 < br>肉付きの良い柔らかそうな指は暖かく、優しかった。スペインの王子なんて見たこともないので、なんと答えたらいいかわからずしどろもどろしていると、忍足が母親の無礼を叱った。 「おかん!に絡むのやめろ」 「はいはいわかってます。ゆうちゃん、最近怒りっぽくなったなあ、ますますおとんそっくりになって」 「・・・いらんこと言わんでええから、お茶の用意でもしてくれ・・・」 疲れた表情をちらつかせながら母の背中を押す息子を微笑ましく思ったは、くすっと笑った。父母の存在が羨ましくもある。おかしくて口元を手で押さえていたに気づいた忍足が、照れたように手招きした。上がれということだろう。靴を脱いでそろえると階段を上った。途 中、関西のおかんはうっさいやろごめんな、と謝られたのがまたおかしかった。なにを謝ることがあるのだろう。自分はただ、家族の暖かさに触れてうれしいだけだ。 彼の部屋はあまり年相応な感じではなかった。案外広い。ものがあまりなく、家具もきっと母親の趣味なのだろう、北欧のようなウッド調のものが多い。雑然としたものはきっと机やクローゼットの中に押し込められているに違いないと想像した。 ハウスでは年を重ねるごとに相部屋の人数が減る。は一番上だったので一人部屋だった。丸みを帯びた濃茶の木製の家具や、優しい色合いのカーテン、足の付いたベッド、いやらしくないシャンデリアも気に入っていた。今住んでいる家にはそのどれもない。どれもこれもお金はかかっていると思うが。 忍足がぐったりとベッドに倒れ込み、は静かにソファに腰掛けた。 ソファとベッドは向かい合わせになっていて、横の窓から日の光が射し込んでいる。部屋の主の呻き声が聞こえた。 「あー、たまにはええな、さぼりも」 「部活、行きたくなかったのか?」 が不思議に思って問うと、寝転がったせいでメガネのずれた顔がこちらに向いた。うつ伏せのまま、微妙な表情だ。今日初めてじっくり忍足の顔を見た。おそらく美形だというくらいはわかる。メガネの存在がそこら辺の判断を鈍らせる。二人は目を合わせてむず痒いような空気に浸っていると、忍足の低い声が響いた。 「を独り占めしたかったから、かなあ」 刹那、胃袋の下の方がざわりと疼いた。は言われていることがいまいち理解できないでいたのだが、目 を点にしたその表情に堪えきれなくなり、忍足が枕に顔を埋めて肩を震わせ始めたので、なんだか恥ずかしい気がする。りんごジュースとビスケットを持ってきた忍足の姉がの頬を撫でるまであと僅かだ。 (20090218 カミングアウトします、おしたりは主人公に一目惚れです) |